コロナ禍をこえて

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  1. 一般的にはどのようなプロセスを経て、医薬品が実際に使用されるようになるかを調べなさい。
  2. その後、下の表の言葉を確認してから、本文を読んでください。
  3. 本文を一度読んだら、音声を聞きながらもう一度読んでください。
  4. 2ページ目を見ると、本文中に出てくる学術的な言葉を見ることができます。

 

言葉 読み方 品詞
被害 ひがい 名詞 このウイルスは広範囲にわたる被害をもたらし、特に高齢者に深刻な影響を及ぼした。
注射 ちゅうしゃ スル名詞 医師は患者に痛みを和らげるための薬を注射した。
感染 かんせん スル名詞 手洗いを徹底することで、感染リスクを大幅に減らすことができます。
試験管 しけんかん 名詞 研究者は試験管の中で新しい薬剤の反応を観察した。
製剤 せいざい 名詞 この製剤は従来の薬と比べて、副作用が少ないと評価されています。
タンパク質 たんぱくしつ 名詞 筋肉を効率よく成長させるためには、十分なタンパク質を摂取することが必要です。
アミノ酸 あみのさん 名詞 アミノ酸の配列を解析することで、ある遺伝病の原因を特定しました。
置換 ちかん スル名詞 患者の治療に、欠損した関節を人工的な製剤で置換する必要があります。
免疫 めんえき 名詞 免疫力を高めるためには、規則正しい生活とバランスの良い食事が重要です。
接種 せっしゅ スル名詞 インフルエンザの流行を防ぐため、多くの人がワクチン接種を受けた。
治療 ちりょう スル名詞 医師は、がん治療の新しい選択肢として免疫療法を提案した。
薬剤 やくざい 名詞 この薬剤は、感染症の治療において非常に効果的であることが証明されています。

 

コロナ禍をこえて

 

キーワード:ワクチン、mRNA、製剤、医薬品、医療


 新型コロナウイルスの被害をうける状況(コロナ禍といいます)となってからしばらく経ちましたが,この間に新しく生まれたワクチンを考えてみました。みなさんが注射されたワクチンのおはなしです。
 まず、60年前に発見されたメッセンジャーRNA (mRNA)の医学利用が可能になりました。新型コロナウイルスのスパイク(S)タンパク質をコードするmRNAが埋め込まれたナノ粒子は、ウイルスの感染を防ぐ抗体をBリンパ球1から作り出す液性免疫反応2、加えてウイルス感染細胞を殺すTリンパ球を準備する細胞性免疫反応をそれぞれ誘導し、ウイルスに対する免疫反応を記憶しているメモリーBリンパ球とメモリーTリンパ球3をわれわれに定着させたのです。ワクチンによって死に【 A 】人の数は急速に減りました。試験管のなかで短期間に合成可能なmRNAをワクチン製剤として使うことができるようになりました(図1)。mRNAワクチンの開発には,以下に述べる3つの研究成果が貢献しています。すなわち,1)合成と化学修飾による体内で安定な人工mRNAの開発(2023年ノーベル賞受賞のカリコ博士とワイスマン博士の業績です)、2)mRNAのナノ粒子への組込み法の開発、3)ナノ粒子に組み込むmRNAがコードするSタンパク質の人工的アミノ酸置換によるウイルス感染を抑える免疫反応力の増強です。
 そして、4万人以上の人を対象にしたワクチン製剤の大規模臨床治験4の完了までに、これまでは数年はかかっていたところを1年以内という短期間で終り、2020年12月にまず米国市場に新型コロナウイルスワクチンが供給されました。大規模臨床治験は本当に有効だとわかりました。その結果、日本や欧米をはじめとする国では、高額なファイザー社とモデルナ社のmRNAワクチンが新型コロナウイルスワクチンの主流となりました。一方、中国をはじめ、中国製のワクチンの供給を受けた多くの国々では低価格の感染性をなくしたウイルスのワクチン(不活化ウイルスワクチン)が接種され、また、アストラゼネカ社などからはこれも低価格の異なるウイルスであるアデノウイルスを組換えてベクター5としたワクチンが供給されました。数年前には,mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンといった核酸6や組換えウイルス医薬品が数億の人に投与されるとは予測できなかったことです。医薬テクノロジーのすさまじい進歩でした。
 人類はこの【 B 】により新型コロナウイルス感染症の危機を乗り越え、本当に有効な医薬品を手に入れたのです。免疫反応という生体反応をすばやく利用し始めたのです。さて、免疫反応を利用したがん免疫治療薬は、日本における年間売上額は3千億円を超えるほどの近年の製薬業界の花形薬剤です。mRNAワクチンの対象疾患は、現在のところは新型コロナウイルス感染症ですが、今後、がんやアルツハイマー病などその利用範囲は広がるはずです。
 このように医薬品開発分野は大きな変革期にあります。

 

(執筆者:小柳 義夫)

 

出典:日本薬学会会誌(2023)『ファルマシア』の巻頭言を一部改変


1Bリンパ球(B lymphocyte): 抗体を作るリンパ球です。
2液性免疫反応:抗体が中心となり抗原を排除する免疫です。
3Tリンパ球(T lymphocyte): 感染細胞やがん細胞などを殺すキラーTリンパ球に加え、Bリンパ球から抗体産生を補助するヘルパーTリンパ球があります。
4臨床治験(clinical trial): 実際の人に薬剤などの医療行為をおこなう試みです。その対象者数が、まず少人数からはじめる第1相治験、次に数千人まで拡大する第3相治験があります。
5ベクター:ある細胞にその細胞にはない遺伝物質を導入するときにそれを運搬する物質です。
6核酸:遺伝に深く関わる物質で、塩基、糖とリン酸からなる高分子です。

 

 

図1. 細胞内分子発現のフロー

 

 

  • 下は、読解本文に現れる学術共通語彙ごい(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
  • 学術共通語彙ごいは、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。

 新型コロナウイルスの被害をうける状況(コロナ禍といいます)となってからしばらく経ちましたが,この間に新しく生まれたワクチンを考えてみました。みなさんが注射されたワクチンのおはなしです。
 まず、60年前に発見されたメッセンジャーRNA(mRNA)の医学利用可能になりました。新型コロナウイルスのスパイク(S)タンパク質をコードするmRNAが埋め込まれたナノ粒子は、ウイルスの感染を防ぐ抗体をBリンパ球から作り出す免疫反応加えてウイルス感染細胞を殺すTリンパ球を準備する細胞免疫反応それぞれ誘導し、ウイルスに対する免疫反応を記憶しているメモリーBリンパ球とメモリーTリンパ球をわれわれに定着させたのです。ワクチンによって死に至る人の急速に減りました。試験管のなかで短期間に合成可能なmRNAをワクチン製剤として使うことができるようになりました(1)。mRNAワクチンの開発には,以下述べる3つの研究成果貢献しています。すなわち,1)合成化学修飾による体内で安定な人工mRNAの開発(2023年ノーベル賞受賞のカリコ博士とワイスマン博士の業績です)、2)mRNAのナノ粒子への組込み開発、3)ナノ粒子組み込むmRNAがコードするSタンパク質の人工アミノ酸置換によるウイルス感染を抑える免疫反応増強です。
 そして、4万人以上の人を対象にしたワクチン製剤の大規模臨床治験の完了までに、これまでは年はかかっていたところを1年以内という短期間で終り、2020年12月にまず米国市場に新型コロナウイルスワクチンが供給されました。大規模臨床治験は本当に有効だとわかりました。その結果、日本や欧米はじめとする国では、高額なファイザーとモデルナのmRNAワクチンが新型コロナウイルスワクチンの主流となりました。一方、中国をはじめ、中国製のワクチンの供給を受けた多くの国々では価格の感染をなくしたウイルスのワクチン(活化ウイルスワクチン)が接種され、また、アストラゼネカなどからはこれも価格の異なるウイルスであるアデノウイルスを組換えてベクターとしたワクチンが供給されました。年前には,mRNAワクチンやウイルスベクターワクチンといった核酸や組換えウイルス医薬品が億の人に投与されるとは予測できなかったことです。医薬テクノロジーのすさまじい進歩でした。
 人類はこのイノベーションにより新型コロナウイルス感染症の危機を乗り越え、本当に有効な医薬品を手に入れたのです。免疫反応という生体反応をすばやく利用し始めたのです。さて、免疫反応利用したがん免疫治療薬は、日本における年間売上額は3千億円を超えるほどの近年の製薬業界の花形薬剤です。mRNAワクチンの対象疾患は、現在のところは新型コロナウイルス感染症ですが、今後、がんやアルツハイマー病などその利用範囲は広がるはずです。
 このように医薬品開発分野は大きな変革期にあります。

レベル
green 初級 レベル0
royalblue 中級 レベルI
darkblue 中級 レベルII
goldenrod 上級前半 レベルIII
orange 上級前半 レベルIV
sienna 上級後半 レベルV
pink 上級後半 レベルⅥ
crimson 超上級 レベルⅦ
red 超上級 レベルⅧ

 

コロナ禍をこえて

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