不確実性を伴う数値天気予報と気候予測

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  1. 以下の文章は、執筆者が行った、気象と気候に関する講演の内容をまとめたものです。
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言葉 読み方 品詞
自転 じてん サ変名詞 地球は1日に1回、自転することで昼と夜を生じさせる。
大気 たいき 名詞 大気中の二酸化炭素濃度が年々増加している。
観測 かんそく サ変名詞 気象観測データを基に、明日の天気予報が作られる。
再現 さいげん サ変名詞 実験の条件を少し変えても、結果を再現することができた。
誤差 ごさ 名詞 測定値には多少の誤差が含まれる可能性がある。
放射 ほうしゃ サ変名詞 太陽からの放射エネルギーが地球の気候を決めている。

 

不確実性を伴う数値天気予報と気候予測

 

キーワード:気象、気候、予測、モデル、不確実性


 地球大気は地球の自転と重力の効果で非均質・非等方1な特性をもち、それらの影響を強く受けた回転成層流体2特有の力学によって非定常3に変動しています。気象学・大気科学は実体事象を研究対象とし、観測とデータ解析、理論的解釈、および数値モデル研究の連携により発展してきました。ここ半世紀ほどのエレクトロニクスやコンピュータの技術革新・進歩と、それらを総合した人工衛星からの観測の新展開などと相まって、急速に発展してきました。そのようななかで、2021年の眞鍋まなべ淑郎しゅくろう先生のノーベル物理学賞受賞は我々にとっても大きな驚きと喜びとなりました。授賞理由は「地球気候の物理的モデリング、気候変動の定量化、地球温暖化の確実な予測に対して」ですが、これは物理【 A 】計算科学としての温暖化予測に対する評価であり、選考委員会の今の時代へのメッセージが込められていたのかと思います。本講演では、観測に基づく初期値を与えて流体物理法則により大気運動の時間発展を求める数値天気予報(prediction)と、気候システムモデルを構築しシステムの時間平均状態を求める気候再現(simulation)および、CO2等の将来変化シナリオに対するシステム応答を求める気候予測(projection)に分けて、それぞれの概要と不確実性についてお話ししました。
 物理法則に基づく天気予報は100年以上前から着想されていましたが、最初の電子計算機ENIAC4を用いた数値天気予報実験は1950年に論文発表されました。その10年後、第1回数値天気予報国際シンポジウムが東京で開催され、世界の主要研究者が集うなか、E. Lorenz博士はごく簡単化した予報モデルで不規則変動する解を調べて、微小な初期値誤差が指数関数的に増大することを発表しました。その後1963年には、わずか3元にまで簡単化した熱対流モデル(非線型常微分方程式系5)を構築し、不規則解の敏感な初期値依存性を示して予測の限界=予測可能性という新概念を提示しました。この決定論的カオスの発見と、計算科学としての気象学の研究基盤確立の功績により、Lorenz博士は1991年京都賞を受賞しました。
 その受賞記念ワークショップ「天気予報からカオスへ」に数学の國府こくぶさん6らとともに参加し、大気循環の状況に依存した予測可能性の変動について発表しました。Lorenz63モデルの接線型システムで特異値解析を行い局所的な予測可能性変動を例示するとともに、気象庁および欧州、米国の予報センターの1週間予報に共通して予報誤差が増大する事例を見つけ、そのときには初期値のわずかな違いで予報の成否が分かれることを示しました。ほどなく、初期値に観測誤差程度のゆらぎを加えて予報を数十回繰り返すアンサンブル予報が提案され、予報誤差変動の推定を含む予報が現業化されました。今日では、週間天気予報の信頼度表示や台風の接近確率マップなど、アンサンブル予報に基づく予報誤差の時空間変動の確率情報が活用されています。
 気候再現・予測モデルの始まりは数値天気予報モデルですが、より長い時間スケールでは変動する海洋、陸水、雪氷、植生等の状態を内部変数として予測する必要があります。それらの変動の中には支配原理・法則が不明の過程もあり、代用の経験則から予測の不確実性が生じます。また、格子7間隔以下の現象の影響のモデル組込み方法からも不確実性が生じます。雲の放射効果の多様性や積雲の組織化、エアロゾルとの関連など、まだ十分に理解されずモデル化が不完全な過程もあります。さらに、太陽活動変動や火山噴火など外部条件の変化の同定や未来推定にも難しさがあります。
 数値天気予報モデルは日々の観測によって十分に検証されてきた実用に耐えるモデルですが、気候モデルの検証は産業革命以降の150年余りに限られます。同じモデルで別の時代の気候もよく再現できれば、モデルの信頼度を高めることになります。最近、我々は気象庁気象研究所の気候モデルで、6000年前の縄文海進の頃(完新世中期)や21000年前の最終氷期最大期における太陽軌道要素変動(ミランコビッチ サイクル)と当時のCO2濃度を与えて気候再現を行い、地質学的気候プロキシ試料の分析結果で検証してモデルの性能評価を行いました。両時代とも成層圏オゾン光化学を中心とした大気化学反応過程の気候影響インパクトが大きく、産業革命前と同じ値を与えた標準実験での寒冷バイアス(系統誤差8)を減少させる結果を得ました。また、気候予測の不確実性を把握するために世界の数十のモデルを用いたアンサンブル予測実験が行われていますが、我々は、個々の対象地域の予測に最適なアンサンブルメンバーを過去の観測データをもとに選択し、バイアス補正をした後に予測精度を押えて将来気候を予測する、という解析手法を提案しました。
 最後に、天気予報・気候予測と社会の関係について、それぞれに特有の不確実性を認識して不確実な情報の情報価値を考える重要性を述べました。

 

(執筆者:余田 成男)

 

出典:京都大学理学研究科・理学部『弘報』221号(2022)
実際の講演動画:https://www.youtube.com/watch?v=IchYYingyu8

 

1非等方:ある物理量や性質が方向によって異なる性質。大気の大規模な鉛直構造は、重力の効果で水平構造と大きく異なる。
2回転成層流体:密度が異なる流体が層状に積みあがったもので地球の自転による回転の影響を考慮したもの。
3非定常:平衡した定常状態と異なり、時間的に変動し続ける状態。
4ENIAC:Electronic Numerical Integrator And Calculator。1946年にアメリカで開発された初期の電子計算機。
5非線型常微分方程式系:研究対象の支配方程式系を数学的に分類したときのその1つ。
6國府こくぶさん:講演会当時の京都大学大学院理学研究科長・教授。筆者の同僚なので、「さん」付けしている。
7格子:計算の対象領域を有限個の要素で離散化して細かく分けたときのその1つ。
8系統誤差:モデル化の不完全なところからくる気候モデルにより計算された結果と観測値との誤差。内部変動過程に起因するランダムな誤差と対照的な誤差。

 

  • 下は、読解本文に現れる学術共通語彙ごい(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
  • 学術共通語彙ごいは、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。

 地球大気は地球の自転と重力効果均質等方な特性をもち、それらの影響を強く受けた回転成層流体特有の力学によって定常に変動しています。気象学・大気科学実体事象研究対象とし、観測とデータ解析理論解釈、および数値モデル研究連携により発展してきました。ここ半世紀ほどのエレクトロニクスやコンピュータの技術革新進歩と、それらを総合した人工衛星からの観測の展開などと相まって、急速発展してきました。そのようななかで、2021年の眞鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞は我々にとっても大きな驚きと喜びとなりました。授賞理由は「地球気候物理モデリング、気候変動定量化、地球温暖化の確実な予測に対して」ですが、これは物理根ざし計算科学としての温暖化予測に対する評価であり、選考委員の今の時代へのメッセージが込められていたのかと思います。本講演では、観測に基づく初期与えて流体物理法則により大気運動の時間発展求める数値天気予報(prediction)と、気候システムモデル構築システムの時間平均状態求める気候再現(simulation)およびCO2等の将来変化シナリオに対するシステム応答求める気候予測(projection)に分けて、それぞれ概要確実についてお話ししました。
 物理法則基づく天気予報は100年以上前から着想されていましたが、最初の電子計算機ENIACを用い数値天気予報実験は1950年に論文発表されました。その10年後、1回数値天気予報国際シンポジウムが東京で開催され、世界の主要研究が集うなか、E.Lorenz博士はごく簡単化した予報モデルで不規則変動する解を調べて、微小な初期誤差が指数関数増大することを発表しました。その後1963年には、わずか3元にまで簡単化した熱対流モデル線型常微分方程式)を構築し、不規則解の敏感な初期依存示し予測限界予測可能という概念提示しました。この決定カオスの発見と、計算科学としての気象学の研究基盤確立の功績により、Lorenz博士は1991年京都賞を受賞しました。
 その受賞記念ワークショップ「天気予報からカオスへ」に数学の國府さんらとともに参加し、大気循環場の状況依存した予測可能変動について発表しました。Lorenz63モデルの接線システム特異解析行い局所予測可能変動例示するとともに、気象庁および欧州、米国の予報センターの1週間予報に共通して予報誤差が増大する事例を見つけ、そのときには初期のわずかな違いで予報の成否が分かれることを示しました。ほどなく、初期に観測誤差程度ゆらぎ加えて予報を十回繰り返すアンサンブル予報が提案され、予報誤差変動推定含む予報が現業化されました。今日では、週間天気予報の信頼表示や台風の接近確率マップなど、アンサンブル予報に基づく予報誤差の時空間変動確率情報活用されています。
 気候再現・予測モデルの始まりは数値天気予報モデルですが、より長い時間スケールでは変動する海洋、陸水、雪氷、植生等の状態内部変数として予測する必要があります。それらの変動には支配原理法則が不明の過程もあり、代用の経験から予測確実が生じます。また、格子間隔以下現象影響モデル組込み方法からも確実が生じます。雲の放射効果多様や積雲の組織化、エアロゾルとの関連など、まだ十分理解されずモデル化が不完全な過程もあります。さらに、太陽活動変動や火山噴火など外部条件変化の同定や未来推定にも難しさがあります。
 数値天気予報モデルは日々の観測によって十分検証されてきた実用に耐えるモデルですが、気候モデル検証産業革命以降の150年余りに限られます。同じモデルで別の時代の気候もよく再現できれば、モデル信頼度を高めることになります。最近、我々は気象庁気象研究所の気候モデルで、6000年前の縄文海の頃(世中期)や21000年前の最終最大における太陽軌道要素変動(ミランコビッチサイクル)と当時のCO2濃度を与え気候再現を行い地質気候プロキシ試料の分析結果検証してモデルの性能評価行いました。両時代とも成層圏オゾン光化学を中心とした大気化学反応過程気候影響インパクトが大きく、産業革命前と同じ与え標準実験での寒冷バイアス(系統誤差)を減少させる結果ました。また、気候予測確実把握するために世界の十のモデル用いたアンサンブル予測実験行われていますが、我々は、個々対象地域予測最適なアンサンブルメンバーを過去の観測データをもとに選択し、バイアス補正をした後に予測精度を押えて将来気候予測する、という解析手法提案しました。
 最後に、天気予報・気候予測社会関係について、それぞれ特有確実認識して確実な情報情報価値考える重要述べました。

レベル
green 初級 レベル0
royalblue 中級 レベルI
darkblue 中級 レベルII
goldenrod 上級前半 レベルIII
orange 上級前半 レベルIV
sienna 上級後半 レベルV
pink 上級後半 レベルⅥ
crimson 超上級 レベルⅦ
red 超上級 レベルⅧ

 

不確実性を伴う数値天気予報と気候予測

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