小説をいかに深く読むか
- 小説を頻繁に読みますか(読みませんか)。それはなぜですか。あなたにとっての小説を読むことの意味を考えてください。
- その後、下の表の言葉を確認してから、本文を読んでください。
- 本文を一度読んだら、音声を聞きながらもう一度読んでください。
- 次のページを見ると、本文中に出てくる学術的な言葉を見ることができます。
言葉 | 読み方 | 品詞 | 例 |
---|---|---|---|
偏重 | へんちょう | サ変名詞 | 偏重を避け、バランスの取れた見方を持つことが重要だ。 |
主義 | しゅぎ | 名詞 | 彼女は環境保護主義者として、リサイクル活動に積極的に参加している。 |
弊(を免れない) | へい(をまぬがれない) | 名詞 | 効率を追求することは時として創造性の弊を免れない。 |
批評 | ひひょう | サ変名詞 | 映画の批評を読むと、作品の良し悪しがより理解できる。 |
教養 | きょうよう | 名詞 | 彼は多岐にわたる教養を持ち、どんな話題にも対応できる。 |
先入観 | せんにゅうかん | 名詞 | 先入観を持たずに問題に臨むことが時には重要だ。 |
鉱脈 | こうみゃく | 名詞 | この地域は銅の鉱脈が豊富であることで知られている。 |
磨く | みがく | 動詞 | プレゼンテーションのスキルを磨くために、セミナーに参加した。 |
修練 | しゅうれん | サ変名詞 | 武道を極めるために毎日厳しい修練を積む。 |
装飾 | そうしょく | サ変名詞 | クリスマスツリーには美しい装飾が施されていた。 |
素材 | そざい | 名詞 | 優れた建築は、質の高い素材選びから始まる。 |
切実な | せつじつな | な形容詞 | 地方都市の過疎化は切実な問題であり、対策が急がれている。 |
小説を深く読むには、小説テクスト1の仕組みを分析する方法を用いると、役立つ。もちろん、内容が重要なのは言うまでもないが、技法的側面からアプローチすると、小説からさらに多くのことを読み取るヒントが得られるからだ。
ただし、ひたすら小説の内側を眺めるばかりでは、テクスト偏重主義に傾くという弊を免れない。小説の外に存在するさまざまな批評理論を援用してみると、小説をとおしてまた新しい世界が見えてくる。私たちは、批評理論という方法論を持つことによって、自分の狭い先入観を突破し、作品の解釈の可能性を拡大することができるのだ。
しかし、小説の奥には、さらにもっと深く読み込むことができる鉱脈が横たわっているように思える。ここに〈教養〉という新たな観点を付け加えて、より自由な読み方を探ってみよう。【 A 】、小説をいかに読むかという方法を模索していくと、結局は、文学とは何かという根本的な問題に突き当たるからだ。文学とは、世界のさまざまな側面を、具体的な人間の在り方の実例をとおして示しつつ、読み手の心に染み込み、変革を促すものではないだろうか。したがって、文学には、人間の生きる力の土台を形成する作用が含まれているといっても過言ではない。
これは言い換えると、文学の機能が、真の意味での〈教養〉と密接に関わっているということを意味する。〈教養〉とは、「学問・芸術などにより、人間性・知性を磨き高めること。また、そのことによって得られる知識や心の豊かさ」(『広辞苑』2第七版)を指す。英語のcultureは、「精神・趣味・振る舞いなどの修練、発展、洗練。また、そのように修練され、洗練された状態。文化生活の知的側面」(OED3)と定義されている。つまり、〈教養〉とはたんなる装飾ではなく、本来、それを身につけることによって、人間を元の状態から一段高いステージへと引き上げ、それまでになかった力を帯びた新たな文化的状態へと変容させるものなのである。したがって、〈教養〉の素材となる学問や芸術などの諸分野は、ひとりの人間にとって、個々ばらばらに接ぎ木4されるのではなく、ひとつにつながって総合的に発展して、血肉と化さなければ、生きた力とはならない。
そのような生きる力を①培ってくれるものとして、ここで「物語の力」に着目したい。アメリカの哲学者マーサ・ヌスバウム5は、多様な世界観や倫理学の真実のなかには、物語という形でしか表せないものがあり、物語は、哲学の抽象的で平板な言葉ではなしえないようなやり方で、人生における複雑なものや特殊なこと、微妙な陰影6などを例証することができる、と指摘している。
物語が例証することができるのは、もちろん倫理学だけに留まらない。社会・経済・心理をはじめ、世界や人間に関わるさまざまな領域の諸学が理論的に明らかにしようとしていることについて、物語は具体的なモデルを、私たちが切実に理解できるまで、真に迫った形で提示してくれる。のみならず物語は、諸学を個々ばらばらのものとしてではなく、根元の部分でつなぐ役割を果たす。そのように考えると、文学のジャンルのなかでも、②ことに人間を描くことに主眼を置いた物語形式である小説は、〈教養〉を培ううえで、私たちに大きな力を与えてくれるものだと言えるだろう。
1テクスト:文字に依って書かれた文章。文学における分析対象。
2『広辞苑』:日本で広く流通している辞書の題名。
3OED:Oxford English Dictionary。
4接ぎ木:2つ以上の植物をつなげて1つにすること。転じて、異なるものをつなぎ合わせること。
5マーサ・ヌスバウム:1947年~ 。研究分野は古代ギリシア・ローマ哲学、政治哲学など。
6陰影:暗い部分。物事の含みやニュアンス。
- 下は、読解本文に現れる学術共通語彙(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
- 学術共通語彙は、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。
小説を深く読むには、小説テクストの仕組みを分析する方法を用いると、役立つ。もちろん、内容が重要なのは言うまでもないが、技法的側面からアプローチすると、小説からさらに多くのことを読み取るヒントが得られるからだ。
ただし、ひたすら小説の内側を眺めるばかりでは、テクスト偏重主義に傾くという弊を免れない。小説の外に存在するさまざまな批評理論を援用してみると、小説をとおしてまた新しい世界が見えてくる。私たちは、批評理論という方法論を持つことによって、自分の狭い先入観を突破し、作品の解釈の可能性を拡大することができるのだ。
しかし、小説の奥には、さらにもっと深く読み込むことができる鉱脈が横たわっているように思える。ここに〈教養〉という新たな観点を付け加えて、より自由な読み方を探ってみよう。というのは、小説をいかに読むかという方法を模索していくと、結局は、文学とは何かという根本的な問題に突き当たるからだ。文学とは、世界のさまざまな側面を、具体的な人間の在り方の実例をとおして示しつつ、読み手の心に染み込み、変革を促すものではないだろうか。したがって、文学には、人間の生きる力の土台を形成する作用が含まれているといっても過言ではない。
これは言い換えると、文学の機能が、真の意味での〈教養〉と密接に関わっているということを意味する。〈教養〉とは、「学問・芸術などにより、人間性・知性を磨き高めること。また、そのことによって得られる知識や心の豊かさ」(『広辞苑』第七版)を指す。英語のcultureは、「精神・趣味・振る舞いなどの修練、発展、洗練。また、そのように修練され、洗練された状態。文化生活の知的側面」(OED)と定義されている。つまり、〈教養〉とはたんなる装飾ではなく、本来、それを身につけることによって、人間を元の状態から一段高いステージへと引き上げ、それまでになかった力を帯びた新たな文化的状態へと変容させるものなのである。したがって、〈教養〉の素材となる学問や芸術などの諸分野は、ひとりの人間にとって、個々ばらばらに接ぎ木されるのではなく、ひとつにつながって総合的に発展して、血肉と化さなければ、生きた力とはならない。
そのような生きる力を培ってくれるものとして、ここで「物語の力」に着目したい。アメリカの哲学者マーサ・ヌスバウムは、多様な世界観や倫理学の真実のなかには、物語という形でしか表せないものがあり、物語は、哲学の抽象的で平板な言葉ではなしえないようなやり方で、人生における複雑なものや特殊なこと、微妙な陰影などを例証することができる、と指摘している。
物語が例証することができるのは、もちろん倫理学だけに留まらない。社会・経済・心理をはじめ、世界や人間に関わるさまざまな領域の諸学が理論的に明らかにしようとしていることについて、物語は具体的なモデルを、私たちが切実に理解できるまで、真に迫った形で提示してくれる。のみならず物語は、諸学を個々ばらばらのものとしてではなく、根元の部分でつなぐ役割を果たす。そのように考えると、文学のジャンルのなかでも、ことに人間を描くことに主眼を置いた物語形式である小説は、〈教養〉を培ううえで、私たちに大きな力を与えてくれるものだと言えるだろう。
色 | レベル |
---|---|
green | 初級 レベル0 |
royal blue | 中級 レベルI |
dark blue | 中級 レベルII |
goldenrod | 上級前半 レベルIII |
orange | 上級前半 レベルIV |
sienna | 上級後半 レベルV |
pink | 上級後半 レベルⅥ |
crimson | 超上級 レベルⅦ |
red | 超上級 レベルⅧ |