小説をいかに深く読むか

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  1. 小説を頻繁に読みますか(読みませんか)。それはなぜですか。あなたにとっての小説を読むことの意味を考えてください。
  2. その後、下の表の言葉を確認してから、本文を読んでください。
  3. 本文を一度読んだら、音声を聞きながらもう一度読んでください。
  4. 次のページを見ると、本文中に出てくる学術的な言葉を見ることができます。

 

言葉 読み方 品詞
偏重 へんちょう サ変名詞 偏重を避け、バランスの取れた見方を持つことが重要だ。
主義 しゅぎ 名詞 彼女は環境保護主義者として、リサイクル活動に積極的に参加している。
弊(を免れない) へい(をまぬがれない) 名詞 効率を追求することは時として創造性の弊を免れない。
批評 ひひょう サ変名詞 映画の批評を読むと、作品の良し悪しがより理解できる。
教養 きょうよう 名詞 彼は多岐にわたる教養を持ち、どんな話題にも対応できる。
先入観 せんにゅうかん 名詞 先入観を持たずに問題に臨むことが時には重要だ。
鉱脈 こうみゃく 名詞 この地域は銅の鉱脈が豊富であることで知られている。
磨く みがく 動詞 プレゼンテーションのスキルを磨くために、セミナーに参加した。
修練 しゅうれん サ変名詞 武道を極めるために毎日厳しい修練を積む。
装飾 そうしょく サ変名詞 クリスマスツリーには美しい装飾が施されていた。
素材 そざい 名詞 優れた建築は、質の高い素材選びから始まる。
切実な せつじつな な形容詞 地方都市の過疎化は切実な問題であり、対策が急がれている。

 

 

小説をいかに深く読むか
 
キーワード:小説、教養、技法、批評理論、物語、ジャンル


 小説を深く読むには、小説テクスト1の仕組みを分析する方法を用いると、役立つ。もちろん、内容が重要なのは言うまでもないが、技法的側面からアプローチすると、小説からさらに多くのことを読み取るヒントが得られるからだ。
 ただし、ひたすら小説の内側を眺めるばかりでは、テクスト偏重主義に傾くという弊を免れない。小説の外に存在するさまざまな批評理論を援用してみると、小説をとおしてまた新しい世界が見えてくる。私たちは、批評理論という方法論を持つことによって、自分の狭い先入観を突破し、作品の解釈の可能性を拡大することができるのだ。
 しかし、小説の奥には、さらにもっと深く読み込むことができる鉱脈が横たわっているように思える。ここに〈教養〉という新たな観点を付け加えて、より自由な読み方を探ってみよう。【 A 】、小説をいかに読むかという方法を模索していくと、結局は、文学とは何かという根本的な問題に突き当たるからだ。文学とは、世界のさまざまな側面を、具体的な人間の在り方の実例をとおして示しつつ、読み手の心に染み込み、変革を促すものではないだろうか。したがって、文学には、人間の生きる力の土台を形成する作用が含まれているといっても過言ではない。
 これは言い換えると、文学の機能が、真の意味での〈教養〉と密接に関わっているということを意味する。〈教養〉とは、「学問・芸術などにより、人間性・知性を磨き高めること。また、そのことによって得られる知識や心の豊かさ」(『広辞苑』2第七版)を指す。英語のcultureは、「精神・趣味・振る舞いなどの修練、発展、洗練。また、そのように修練され、洗練された状態。文化生活の知的側面」(OED3)と定義されている。つまり、〈教養〉とはたんなる装飾ではなく、本来、それを身につけることによって、人間を元の状態から一段高いステージへと引き上げ、それまでになかった力を帯びた新たな文化的状態へと変容させるものなのである。したがって、〈教養〉の素材となる学問や芸術などの諸分野は、ひとりの人間にとって、個々ばらばらにぎ木4されるのではなく、ひとつにつながって総合的に発展して、血肉と化さなければ、生きた力とはならない。
 そのような生きる力を培ってくれるものとして、ここで「物語の力」に着目したい。アメリカの哲学者マーサ・ヌスバウム5は、多様な世界観や倫理学の真実のなかには、物語という形でしか表せないものがあり、物語は、哲学の抽象的で平板な言葉ではなしえないようなやり方で、人生における複雑なものや特殊なこと、微妙な陰影6などを例証することができる、と指摘している。
 物語が例証することができるのは、もちろん倫理学だけに留まらない。社会・経済・心理をはじめ、世界や人間に関わるさまざまな領域の諸学が理論的に明らかにしようとしていることについて、物語は具体的なモデルを、私たちが切実に理解できるまで、真に迫った形で提示してくれる。のみならず物語は、諸学を個々ばらばらのものとしてではなく、根元の部分でつなぐ役割を果たす。そのように考えると、文学のジャンルのなかでも、ことに人間を描くことに主眼を置いた物語形式である小説は、〈教養〉を培ううえで、私たちに大きな力を与えてくれるものだと言えるだろう。

 

(執筆者:廣野 由美子)

 

出典:『小説読解入門――「ミドルマーチ」教養講義』(中公新書、2021)一部改変


1テクスト:文字に依って書かれた文章。文学における分析対象。
2『広辞苑』:日本で広く流通している辞書の題名。
3OED:Oxford English Dictionary。
4ぎ木:2つ以上の植物をつなげて1つにすること。転じて、異なるものをつなぎ合わせること。
5マーサ・ヌスバウム:1947年~ 。研究分野は古代ギリシア・ローマ哲学、政治哲学など。
6陰影:暗い部分。物事の含みやニュアンス。

  • 下は、読解本文に現れる学術共通語彙ごい(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
  • 学術共通語彙ごいは、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。

 小説を深く読むには、小説テクストの仕組み分析する方法用いると、役立つ。もちろん、内容重要なのは言うまでもないが、技法側面からアプローチすると、小説からさらに多くのことを読み取るヒントがられるからだ。
 ただし、ひたすら小説の内側を眺めるばかりでは、テクスト偏重主義に傾くという弊を免れない。小説の外に存在するさまざまな批評理論援用してみると、小説をとおしてまた新しい世界が見えてくる。私たちは、批評理論という方法を持つことによって、自分の狭い先入観を突破し、作品の解釈可能拡大することができるのだ。
 しかし、小説の奥には、さらにもっと深く読み込むことができる鉱脈が横たわっているように思える。ここに〈教養〉という新た観点付け加えて、より自由な読み方を探ってみよう。というのは、小説をいかに読むかという方法模索していくと、結局は、文学とは何かという根本な問題に突き当たるからだ。文学とは、世界のさまざま側面を、具体な人間の在り方の実例をとおして示しつつ、読み手の心に染み込み、変革促すものではないだろうか。したがって、文学には、人間の生きるの土台を形成する作用含まれているといっても過言ではない。
 これは言い換えると、文学の機能が、真の意味での〈教養〉と密接に関わっているということを意味する。〈教養〉とは、「学問・芸術などにより、人間・知性を磨き高めること。また、そのことによってられる知識や心の豊かさ」(『広辞苑』)を指す。英語のcultureは、「精神・趣味・振る舞いなどの修練、発展洗練。また、そのように修練され、洗練された状態。文化生活知的側面」(OED)と定義されている。つまり、〈教養〉とはたんなる装飾ではなく、本来、それを身につけることによって、人間を元の状態から一段高いステージへと引き上げ、それまでになかったを帯びた新たな文化状態へと変容させるものなのである。したがって、〈教養〉の素材となる学問や芸術などの分野は、ひとりの人間にとって、個々ばらばらに接ぎ木されるのではなく、ひとつにつながっ総合発展して、血肉と化さなければ、生きたとはならない。
 そのような生きる培ってくれるものとして、ここで「物語の」に着目したい。アメリカの哲学マーサ・ヌスバウムは、多様な世界観や倫理学の真実のなかには、物語というでしか表せないものがあり、物語は、哲学の抽象で平板な言葉ではなしえないようなやり方で、人生における複雑なものや特殊なこと、微妙な陰影などを例証することができる、と指摘している。
 物語が例証することができるのは、もちろん倫理学だけに留まらない。社会・経済・心理はじめ、世界や人間に関わるさまざま領域学が理論明らかにしようとしていることについて、物語は具体モデルを、私たちが切実に理解できるまで、真に迫った提示してくれる。のみならず物語は、学を個々ばらばらのものとしてではなく、根元の部分でつなぐ役割果たす。そのように考えると、文学のジャンルのなかでも、ことに人間を描くことに主眼を置いた物語形式である小説は、〈教養〉を培ううえで、私たちに大きな与えてくれるものだと言えるだろう。


レベル
green 初級 レベル0
royal blue 中級 レベルI
dark blue 中級 レベルII
goldenrod 上級前半 レベルIII
orange 上級前半 レベルIV
sienna 上級後半 レベルV
pink 上級後半 レベルⅥ
crimson 超上級 レベルⅦ
red 超上級 レベルⅧ

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