異端と最先端

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  1. 福井ふくい謙一けんいち上田うえだ睆亮よしすけ、ピーター・ヒッグス、ガリレオ・ガリレイについて調べて、どんな人かを説明してください。
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言葉 読み方 品詞
最先端 さいせんたん 名詞 この研究所はロボティクスの最先端技術を開発している。
端緒 たんしょ 名詞 この講演が科学者としてのキャリアの端緒となった。
異端 いたん 名詞 異端とされたアイデアが時には大きな発見につながることもある。
真理 しんり 名詞 彼は生涯を通じて真理を追求し続けた。
探求 たんきゅう サ変名詞 歴史を探求することで、過去の人々の生活が明らかになる。
本筋 ほんすじ 名詞 この小説の本筋は家族のきずなと個人の成長に関するものだ。
方便 ほうべん 名詞 その理論は実験を進めるための一時的な方便として利用された。
凡庸 ぼんよう な形容詞 凡庸なアイデアでは市場で注目を集めることは難しい。
時流 じりゅう 名詞 彼女は時流に乗って急速にキャリアを築いた。
原子 げんし 名詞 原子一つ一つが物質を形成する基本的な構成要素である。
かく 名詞 核問題は国際的な安全保障における重要な議題の一つだ。
衰退 すいたい サ変名詞 文化の衰退はしばしば社会の不安定さを引き起こす。
憂き目 うきめ 名詞 若い起業家は多くの憂き目を経験するものだ。
凋落 ちょうらく サ変名詞 大帝国の凋落は歴史の中で何度も見られる現象だ。
退廃的 たいはいてき な形容詞 退廃的なライフスタイルが彼の健康を害している。
好事家 こうずか 名詞 彼は古典音楽の好事家として知られている。
危惧 きぐ サ変名詞 多くの親たちは子供の未来について危惧している。
躍り出る おどりでる 動詞 新たな技術革新が産業界で躍り出る機会を提供している。
冗長な じょうちょうな な形容詞 その説明は冗長で聴衆の興味を失わせた。

 

 

 

異端と最先端

 

キーワード:異端、最先端、研究、真理探求


 昨今、何彼なにかにつけ「最先端○○」とやかましい1ようですが、最先端といわれるものの多くはその端緒において異端と見られたのではないでしょうか。京都大学工学部の歴史をさかのぼってみても、フロンティア電子論を提唱された福井ふくい謙一けんいち先生は戦前の工業化学科で量子力学の勉強に勤しまれたそうで*1、当時としてはかなり異端であったでしょうし、またカオスを発見された上田うえだ睆亮よしすけ先生も発見当初は正当な評価を受けられなかったようです*2。もちろん世に現れた当初から多くの人によってその先見性と重要性が認められた例も少なくないのでしょう。浅学せんがく寡聞かぶんな私の頭の中には一般向け科学史書に載っているような劇的な話が残っているだけなのかも知れません。が、話を続けるために、とりあえず最先端の発端は異端だとしましょう。
 とすると、異端分子が一人も居ない集団からは来るべき最先端は生まれないことになります。近年、工学が関係する諸領域において、産官さんかん2が重要性を認めた「最先端○○」と呼ばれるわずかな領域のみに集中的に研究資金が投じられる傾向が強いように思います。限られた資金の効率的使用を図る側とすれば仕方のない選択なのでしょうが、それに反応する研究者の側に課題設定の自由を奪われているとの自覚が乏しいようなのが一寸ちょっと心配です。もちろん、ほとんどの教員は、真理探求を目指す基礎的研究のかたわら、研究資金獲得のための苦肉の方便として関連する「最先端○○」領域で課題を設定されているのだろうと思います。しかし、一緒に研究をする若い学生の目は、指導者の意に反して、本筋である真理探求かられ、方便である「最先端○○」へと向かい易いので、次の時代にはこぞって「最先端○○」を目指す異端分子のいない集団になってしまい、凡庸ぼんようの海に沈んでしまうのではないかと危惧きぐされます。時流に乗った研究の場合、結果に対する評価も早く、研究者として精神の均衡を保ち易いのですが、時流から外れた研究を継続するには覚悟にも似た信念が必要なようです。2012年、ヒッグス粒子と考えられる粒子の発見が報じられましたが、ヒッグス博士がその存在を予言したのは1964年のことです。実験技術の向上を待たなければならなかったとはいえ、予言が正しいことが示唆されるまでに50年近くを要しました。さらに、当時実験を行った欧州原子核研究機構が編集元である学術誌から、予言論文は「物理学に関連性がない」として却下されたそうで、発表当初から異端扱いされ、その後生きているほぼすべての時間を実験的確証が得られないまま過ごすのは大変なことだったろうと思われます。

 生きている内に主張の正しさがある程度世に受け入れられるならまだしも、ガリレオの場合、彼を異端審問3にかけたローマ教皇庁が過ちを認めたのは1992年のことで、死後350年もが過ぎてからのことです。当時とすればキリスト教的世界観が主流でガリレオが異端だったのでしょうが、今となれば、逆にローマ教皇庁の方が異端、あるいは時代遅れということになります。しかし、視点を過去から未来に転じると、自然科学の立場から持続的社会の建設に有効な提案ができない状態がこのまま続けば、宗教哲学の側から狭い地球上で人類が共存するための教義が提示されないとも限りません。私に身近な化学系においても、一度は流行遅れだと衰退のき目を見た領域が現在「最先端○○」として【 A 】を浴びている例がいくつもあります。逆に、一時期絶頂を極めた領域で間を置かずして【 B 】といった例も。一時的な凋落ちょうらくは異端というのとは異なりますが、「何時までそんなことをやっているのやら」とある意味異端視されたはずです。近視眼的な要不要論に振り回されず、信念を持って我が道を突き進む点は上の異端に通ずるものがあります。
 異端あるいは流行遅れが秘めた可能性ばかりを強調しましたが、お気付きのように、異端であることは将来最先端となることの必要条件ですが十分条件ではありません。どちらかといえば、異端のままで終わってしまう例の方が多いようです。したがって、異端ばかりが集まったのでは退廃的な好事家こうずか4集団にしてしまいそうで、建設的な教育研究集団として望ましいものではないようです。ただ、そうした理由から異端をすべて排除してしまうと、次の最先端が生まれて来なくなることが危惧きぐされます。流行遅れという視点からいえば、系あるいは専攻を流行りの分野のみで構成してしまうと、学生の視野が狭くなって次世代を担う研究者が育たなくなったり、何らかの外的要因で流れが急変すると組織そのものが絶滅の危機にひんしてしまう可能性があります。
 生物の歴史を見ても、ある時期の環境に最も適合したものは、環境が一旦変化すると最初に絶滅してしまう可能性が高いようです。元の環境では余り役に立つとも思えない特性を持ち、日陰者のように目立たなかった生物が、環境の変化により一躍主役の座に躍り出ます。そして次の変化では他に主役の座を譲り、個々の生物としては興隆衰退のみち辿たどるのですが、地球型の生物界全体としては苛酷かこくな環境の変化に耐えて生き延びています。一方、一個の生命体、例えば私自身の身体にも、何のためにあるのかよく分からない器官がいくつもあるようです。ある物は、普段は休眠状態で、稀に必要とされるときだけ活動し、その存在理由が分かりますが、物によっては皆目分からないものもあります。生物界が経験した遠いとおい過去の記憶を留めているだけかも知れませんし、あるいはこの先の変化に対する冗長な備えなのかも知れません。生物界は多くの階層のそれぞれにおいて、将来に向けての可能性を担保するために一見無用な物を内包しているようです。

(執筆者:吉﨑 武尚)


*1古川安、「喜多源逸と京都学派の形成」、化学史研究、37、1(2010)
*2ラルフ・エイブラハム、ヨシスケ・ウエダ編著、稲垣耕作、赤松則男訳、「カオスはこうして発見された」第3章、共立出版(2002)

 

出典:京都大学大学院工学研究科・工学部(2012)『工学広報』No.58


1やかましい:うるさいこと。本文中では、世の中(や世間)が特定の話題について騒がしいこと。
2産官:民間企業と官公庁。
3異端審問:中世以降のカトリック教会で、正統信仰の考え方に反する考え方を持つものを裁く制度。
4好事家こうずか:物好きな人のこと。特に、「一般の」人が好きにならないようなものを好きになる人。

  • 下は、読解本文に現れる学術共通語彙ごい(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
  • 学術共通語彙ごいは、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。

 昨今、何彼につけ「最先端○○」と喧しいようですが、最先端といわれるものの多くはその端緒において異端と見られたのではないでしょうか。京都大学工学部の歴史を遡ってみても、フロンティア電子提唱された福井謙一先生は戦前の工業学科で量子力学の勉強に勤しまれたそうで、当時としてはかなり異端であったでしょうし、またカオスを発見された上田睆亮先生も発見当初正当評価を受けられなかったようです。もちろん世に現れた当初から多くの人によってその先見重要認められたも少なくないのでしょう。浅学寡聞な私の頭のには一般向け科学史書に載っているような劇的な話が残っているだけなのかも知れません。が、話を続けるために、とりあえず最先端の発端は異端だとしましょう。
 とすると、異端分子が一人も居ない集団からは来るべき最先端は生まれないことになります。近年工学関係する領域において、産官が重要認めた「最先端○○」と呼ばれる僅かな領域のみに集中研究資金が投じられる傾向が強いように思います。限られた資金の効率使用図る側とすれば仕方のない選択なのでしょうが、それに反応する研究の側に課題設定自由を奪われているとの自覚乏しいようなのが一寸心配です。もちろん、ほとんどの教員は、真理探求を目指す基礎研究の傍ら、研究資金獲得ための苦肉の方便として関連する「最先端○○」領域課題設定されているのだろうと思います。しかし、一緒に研究をする若い学生の目は、指導の意に反して、本筋である真理探求から逸れ、方便である「最先端○○」へと向かい易いので、次の時代にはこぞって「最先端○○」を目指す異端分子のいない集団になってしまい、凡庸の海に沈んでしまうのではないかと危惧されます。時流に乗った研究場合結果に対する評価も早く、研究として精神の均衡保ち易いのですが、時流から外れた研究継続するには覚悟にも似た信念必要なようです。2012年、ヒッグス粒子考えられる粒子発見が報じられましたが、ヒッグス博士がその存在を予言したのは1964年のことです。実験技術向上を待たなければならなかったとはいえ、予言が正しいことが示唆されるまでに50年近くを要しました。さらに、当時実験行った欧州原子核研究機構編集元である学術から、予言論文は「物理学に関連がない」として却下されたそうで、発表当初から異端扱いされ、その後生きているほぼすべての時間を実験確証がられないまま過ごすのは大変なことだったろうと思われます。
 生きている内に主張の正しさがある程度世に受け入れられるならまだしも、ガリレオの場合、彼を異端審問にかけたローマ教皇庁が過ちを認めたのは1992年のことで、死後350年もが過ぎてからのことです。当時とすればキリスト教世界観が主流でガリレオが異端だったのでしょうが、今となれば、にローマ教皇庁の方が異端、あるいは時代遅れということになります。しかし、視点を過去から未来に転じると、自然科学の立場から持続社会建設有効提案ができない状態がこのまま続けば、宗教哲学の側から狭い地球上で人類が共存するための教義が提示されないとも限りません。私に身近な化学においても、一度は流行遅れだと衰退の憂き目を見た領域現在「最先端○○」として脚光を浴びているが幾つもあります。に、一時期絶頂を極めた領域を置かずして閑古鳥が鳴くといったも。一時な凋落は異端というのとは異なりますが、「何時までそんなことをやっているのやら」とある意味異端視されたはずです。近視眼な要不要に振り回されず、信念を持って我が道を突き進むは上の異端に通ずるものがあります。
 異端あるいは流行遅れが秘めた可能ばかりを強調しましたが、お気付きのように、異端であることは将来最先端となることの必要条件ですが十分条件ではありません。どちらかといえば、異端のままで終わってしまうの方が多いようです。したがって、異端ばかりが集まったのでは退廃な好事家集団に堕してしまいそうで、建設な教育研究集団として望ましいものではないようです。ただ、そうした理由から異端をすべて排除してしまうと、次の最先端が生まれて来なくなることが危惧されます。流行遅れという視点からいえば、あるいは専攻を流行りの分野のみ構成してしまうと、学生の視野が狭くなって次世代を担う研究が育たなくなったり、何らかの外的要因流れが急変すると組織そのものが絶滅の危機に瀕してしまう可能があります。
 生物の歴史を見ても、ある時期環境最も適合したものは、環境が一旦変化すると最初に絶滅してしまう可能が高いようです。元の環境では余り役に立つとも思えない特性を持ち、日陰者のように目立たなかった生物が、環境変化により一躍主役の座に躍り出ます。そして次の変化ではに主役の座を譲り、個々生物としては興隆衰退の径を辿るのですが、地球生物全体としては苛酷な環境変化に耐えて生き延びています。一方、一個の生命体、例えば自身の身体にも、何のためにあるのかよく分からない器官が幾つもあるようです。ある物は、普段は休眠状態で、稀に必要とされるときだけ活動し、その存在理由が分かりますが、物によっては皆目分からないものもあります。生物経験した遠いとおい過去の記憶を留めているだけかも知れませんし、あるいはこの先の変化に対する冗長な備えなのかも知れません。生物多く階層それぞれにおいて、将来に向けての可能担保するために一見無用な物を内包しているようです。

 

レベル
green 初級 レベル0
royal blue 中級 レベルI
dark blue 中級 レベルII
goldenrod 上級前半 レベルIII
orange 上級前半 レベルIV
sienna 上級後半 レベルV
pink 上級後半 レベルⅥ
crimson 超上級 レベルⅦ
red 超上級 レベルⅧ

異端と最先端

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