思いを巡らす
- 「乳母」の読み方と意味を調べてください。
- その後、下の表の言葉を確認してから、本文を読んでください。
- 本文を一度読んだら、音声を聞きながらもう一度読んでください。
-
次のページを見ると、本文中に出てくる学術的な言葉を見ることができます。
言葉 | 読み方 | 品詞 | 例 |
---|---|---|---|
愛情 | あいじょう | 名詞 | 彼女は庭の植物に愛情を込めて手入れをしている。 |
ひとり机に向かって書き物をする時間が好きだ。あれを書こうか、これを書こうかと考えるのは心良い時間である。最近、気になっていることは母親が愛情をかけて育てないと子どもに問題が起きるという信念はどこから来たのだろうという疑問である。心理臨床でよく目にするけれど、それって本当にそうなの? 誰が言い出したの? いつからみんなそう思ってるの? 考え始めるとなかなか分からないことだらけである。
日本では遠い昔から乳母制度があった。日本書紀1にも登場するくらい。( A )母親以外の人が子どもを育てることが良しとされていた時代は長かった。母親以外の人が子どもを育てることと、母親が子どもに愛情をかけることは違う。乳母がいても、母親が子どもに愛情をかけるということは十分にありうる。しかし、母親が愛情をかけて育てないと子どもに問題が起きるという信念は、母親自身が手をかけることを大事にみなし、母親の不在を愛情不足だとみなしやすい。だからそうした子育て観の元では、母乳育児が持て囃されても、乳母制度は流行らない。しかし、いつから変わってしまったのか。ヒントになりそうなのは、明治期に盛り上がった賢母思想だろう。福沢諭吉も与謝野晶子も、当時の知識人たちは①こぞって、母親自身が子育てをすることを勧めている。そこで批判の対象となった乳母の言われようはちょっとひどい。身分が卑しいとか、品性がないとか、教養がないとか。でも同時代の小説や随筆、日記などに登場する乳母は、無教養であっても、世話好きで、陽気で、時に心の支えとなってくれる人だったりもする。そうなるとますます分からなくなってくる。「母親が愛情をかけて育てないと子どもに問題が起きる」ってどういうこと? こうした思いを巡らせながら史料を読んでいく作業は愉しい。
―― ここまでの原稿2は、2020年3月末に書いたものだったが、そのうち、見る間に新型コロナウィルスの感染が拡大し、人々は不安に呑み込まれていった。5月現在、まだその渦中にいる。久しぶりにこの原稿を読み返して②懐かしい気持ちになった。これもまた失われた日常のひとつだった。そうだ。コロナが収まったら臨床心理学史の研究会でもやってはどうだろう。誰かと思いを巡らせてみるのもまた良いものかもしれない。
1日本書紀:720年に成立したとされる、日本最初の歴史書
2ここまでの原稿:思いを巡らせて乳母制度に関して書いた原稿のこと
- 下は、読解本文に現れる学術共通語彙(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
- 学術共通語彙は、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。
ひとり机に向かって書き物をする時間が好きだ。あれを書こうか、これを書こうかと考えるのは心良い時間である。最近、気になっていることは母親が愛情をかけて育てないと子どもに問題が起きるという信念はどこから来たのだろうという疑問である。心理臨床でよく目にするけれど、それって本当にそうなの?誰が言い出したの?いつからみんなそう思ってるの?考え始めるとなかなか分からないことだらけである。
日本では遠い昔から乳母制度があった。日本書紀にも登場するくらい。つまり母親以外の人が子どもを育てることが良しとされていた時代は長かった。母親以外の人が子どもを育てることと、母親が子どもに愛情をかけることは違う。乳母がいても、母親が子どもに愛情をかけるということは十分にありうる。しかし、母親が愛情をかけて育てないと子どもに問題が起きるという信念は、母親自身が手をかけることを大事にみなし、母親の不在を愛情不足だとみなしやすい。だからそうした子育て観の元では、母乳育児が持て囃されても、乳母制度は流行らない。しかし、いつから変わってしまったのか。ヒントになりそうなのは、明治期に盛り上がった賢母思想だろう。福沢諭吉も与謝野晶子も、当時の知識人たちはこぞって、母親自身が子育てをすることを勧めている。そこで批判の対象となった乳母の言われようはちょっとひどい。身分が卑しいとか、品性がないとか、教養がないとか。でも同時代の小説や随筆、日記などに登場する乳母は、無教養であっても、世話好きで、陽気で、時に心の支えとなってくれる人だったりもする。そうなるとますます分からなくなってくる。「母親が愛情をかけて育てないと子どもに問題が起きる」ってどういうこと?こうした思いを巡らせながら史料を読んでいく作業は楽しい。
――ここまでの原稿は、2020年3月末に書いたものだったが、そのうち、見る間に新型コロナウィルスの感染が拡大し、人々は不安に呑み込まれていった。5月現在、まだその渦中にいる。久しぶりにこの原稿を読み返して懐かしい気持ちになった。これもまた失われた日常のひとつだった。そうだ。コロナが収まったら臨床心理学史の研究会でもやってはどうだろう。誰かと思いを巡らせてみるのもまた良いものかもしれない。
色 | レベル |
---|---|
green | 初級 レベル0 |
royal blue | 中級 レベルI |
dark blue | 中級 レベルII |
goldenrod | 上級前半 レベルIII |
orange | 上級前半 レベルIV |
sienna | 上級後半 レベルV |
pink | 上級後半 レベルⅥ |
crimson | 超上級 レベルⅦ |
red | 超上級 レベルⅧ |