科学者と技術者

  1. 泥縄どろなわという表現の意味を調べて、さらに、動画を見て、イメージをつかんでください。
  2. その後、本文を読んでください。
  3. 本文を一度読んだら、音声を聞きながらもう一度読んでください。

 

言葉 読み方 品詞
神経 しんけい 名詞 神経細胞は体の感覚を脳に伝える重要な役割を持っている。
端くれ はしくれ 名詞 彼は自称、画家の端くれで、週末は公園で絵を描くのが趣味だ。

 

 

科学者と技術者

 

キーワード:科学者、技術者、解析


 私は物理教室1にいながら物理学の標準的な課題を研究したことはなく、これまでにやった物理らしいことと言えば益川ますかわ2先生監修にて「力学」を執筆したことくらいである。研究は計算論的神経科学に関わってきたが、こちらも神経科学における中心課題ではない。神経科学者には物理学をやっていると言い、物理学者には神経科学をやっていると言ってきた。所属がはっきりしないという点ではイソップ物語のコウモリのようである。
 研究では神経信号の解析に取り組んできた。時系列を特徴付ける解析手法を開発し、また信号発生源のつながりを推定する問題にも取り組んでいる。統計手法には一般性があるので、神経信号のみならず、SNS、株売買など多くの問題に応用できる。こうなるとコウモリでもなく便利屋のようである。
 ある先生と「泥縄」という言葉について話していたとき「あなたは泥棒が来てから縄をなうような人ではなく、泥棒を捕まえることも忘れて縄をなうことに熱中してしまう人だ」と言われ、妙にに落ちた気がした。科学の根本は現象の理解にあり、いわば【 A 】のが目的であるが、私は解析技術開発、つまりは【 B 】ことに興味がある。私は小学生の頃は木工工作、中学生の頃は電気回路制作に明け暮れてきた根っからの技術オタクであり、最近の研究も数理3で工作を楽しんでいるようなものである。よく考えてみるとこれまで自然現象に心を奪われたということはあまりなかった。物理教室に就職したので自分は科学者の端くれだと思ってきたが、どうやら長らく自分を誤解していたらしい。自分は技術者であると考え直してみれば、これまでの歩みに納得がいく。退職を目前にしてようやく自分のことが少しわかったような気がしている。現代はすでに多くの現象が解明されて科学は終わりに近づき、応用・技術開発の時代に入ったと感じる。社会のそういう変化が自分の本性に気づかせてくれたのかもしれない。

 

(執筆者:篠本滋)


1物理教室:理学部/理学研究科にある専攻の古い呼び方。「教室」は、一般に、学科や専攻の古い呼び方として用いられることがある。他にも、化学工学教室など。
2益川敏英:2008年にノーベル物理学賞を受賞した素粒子理論を専門とする理論物理学者。
3数理:数学の理論。

 

 

出典:京都大学理学研究科・理学部(2020)『弘報』215号

 

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