脳の記憶をみれるか

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  2. その後、下の表の少し専門的な言葉を確認してから、本文を読んでください。

  3. 本文を一度読んだら、音声を聞きながらもう一度読んでください。
  4. 次のページを見ると、本文中に出てくる学術的な言葉を見ることができます。

 

言葉 読み方 品詞
神経 しんけい 名詞 神経が過敏になると、わずかな音でも驚いてしまう。
細胞 さいぼう 名詞 人間の体は数兆個の細胞で構成されている。
シナプス - 名詞 学習によってシナプスの構造が変化し、記憶が形成される。
可塑性 かそせい 名詞 脳の可塑性によって、私たちは新しいスキルを学び続けることができる。
分子 ぶんし 名詞 水は二つの水素分子と一つの酸素分子から成っている。
タンパク質 たんぱくしつ 名詞 タンパク質は筋肉の成長や修復に重要な役割を果たしている。

 

 

脳の記憶をみれるか
 
キーワード:シナプス、シナプス可塑性、記憶、神経回路


 ヒトの脳で数百億個の神経細胞がつくる複雑なネットワークは、100兆個ともいわれる膨大な数のシナプスが各神経細胞の間を繋ぐことで成立する(図1)。シナプスには、活動状況に応じて情報の伝え方が変化する可塑性かそせいがあり、それによって動物が経験に依存して行動を適応させる記憶・学習が可能になると考えられている。心や知性とは何かという問いは、アリストテレス以来人類を魅了してきた。その答えに迫る鍵の1つとしてシナプス可塑性かそせいが着目され、20世紀終わり頃から分子・細胞レベルで飛躍的に理解が進んだ。私もこれまでそうした研究に心酔し、シナプス可塑性かそせいに焦点をあてながら脳の柔軟な情報処理の秘訣の一端を明らかにしてきたつもりである。こうして理解が進んだ神経系の柔軟な情報処理システムはニューラルネットに模倣され、驚異的なパターン認識能力をもつ人工知能(AI)の誕生につながった。
 さて、AIを作るまでになった人類は、動物の学習・記憶のしくみを完全に分かったのかというと、全くそんな状況ではない。何かひとつ記憶するのに、動物の脳の中で一体どれだけの数のシナプスが機能変化し、神経回路に情報が書き込まれるのか、という基本的なことすら未知である。一つの神経細胞でもシナプスの数は数千~数万個に及び、その中で特定の記憶を生むシナプス集団を考えることは、組み合わせ爆発1との戦いの様相をていする。この困難を乗り越えようと国内外で挑戦が続いているのが、シナプス可塑性かそせいを標識する分子の開発で、私もそれに没頭するひとりである。最近、可塑性かそせいを支配する分子ルールに立脚して、それを捕捉するタンパク質を人工的に創り、学習を生むシナプス集団が見えるようになってきた(図2)。【 A 】、と私の脳でたかぶる知的欲求を満たすため、学生と一緒に顕微鏡を覗く日々に感謝である。

 

(執筆者:川口 真也)

 

写真1

図1 動物の運動時に感覚器で捉えた「失敗」の情報を小脳のプルキンエ細胞(緑)へ伝える神経線維シナプス(赤)

写真2

図2 シナプス可塑性かそせいを標識する人工蛍光タンパク質 通常は細胞の枝全体に広く分布する蛍光分子(左)が、シナプス可塑性かそせいを起こすとその部位(ここでは細胞全領域)の細胞膜近傍に集積し続ける(右)


1組み合わせ爆発:必要な条件や要素の組み合わせにより計算量が爆発すること

 

出典:京都大学理学研究科・理学部(2021)『弘報』220号

 

  • 下は、読解本文に現れる学術共通語彙ごい(松下 2011)に色付けをしたものです。レベルごとに色が違います。
  • 学術共通語彙ごいは、学術的な文章を読むときに知っておくべき語です。知らない言葉があったらぜひ覚えて下さい。

 ヒトの脳で百億個の神経細胞がつくる複雑なネットワークは、100兆個ともいわれる膨大のシナプスが神経細胞のを繋ぐことで成立する。シナプスには、活動状況に応じて情報の伝え方が変化する可塑があり、それによって動物が経験依存して行動適応させる記憶・学習可能になると考えられている。心や知性とは何かという問いは、アリストテレス以来人類を魅了してきた。その答えに迫る鍵の1つとしてシナプス可塑着目され、20世紀終わり頃から分子・細胞レベル飛躍理解が進んだ。私もこれまでそうした研究に心酔し、シナプス可塑焦点をあてながら脳の柔軟な情報処理の秘訣の一端明らかにしてきたつもりである。こうして理解が進んだ神経柔軟な情報処理システムはニューラルネットに模倣され、驚異パターン認識能力をもつ人工知能(AI)の誕生につながった。
 さて、AIを作るまでになった人類は、動物の学習・記憶のしくみを完全に分かったのかというと、全くそんな状況ではない。何かひとつ記憶するのに、動物の脳ので一体どれだけののシナプスが機能変化し、神経回路情報が書き込まれるのか、という基本なことすら未知である。一つの神経細胞でもシナプスの千~万個に及び、その特定の記憶を生むシナプス集団考えることは、組み合わせ爆発との戦いの様相呈する。この困難を乗り越えようと国内外挑戦が続いているのが、シナプス可塑を標識する分子の開発で、私もそれに没頭するひとりである。最近、可塑を支配する分子ルール立脚して、それを捕捉するタンパク質を人工に創り、学習を生むシナプス集団が見えるようになってきた。脳に貯蔵された記憶をみたいと私の脳で昂る知的欲求満たすため、学生と一緒に顕微鏡を覗く日々に感謝である。


レベル
green 初級 レベル0
royal blue 中級 レベルI
dark blue 中級 レベルII
goldenrod 上級前半 レベルIII
orange 上級前半 レベルIV
sienna 上級後半 レベルV
pink 上級後半 レベルⅥ
crimson 超上級 レベルⅦ
red 超上級 レベルⅧ

脳の記憶をみれるか

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